奈良いき課長のギリギリ日記

平日は奈良でお仕事。週末は神戸で合気道。家は大阪の毎週が三都ものがたり。リッチじゃなくてニッチな会社員生活してます

賞与査定評価の判断基準

組織における情緒的判断基準をちょっと考えました。

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先日所属部署の賞与査定評価を行いました。

 

うちの会社の場合はまず売上や入金での定められた目標に対する数値評価が各個人に対して自動的に行われます。これが50点。

そのあと、課長が部下のそれぞれの行動目標に対して達成された業績に応じて点数をつけていきます。ここが50点です。

後日その合計点をもちよって同じ部内で各メンバーの点数による評価優劣をつけていきます。

50点+50点の100点満点で表されます。

 

こうしてつけられた点数によって賞与の金額ランクが分けられます。

この辺は会社によっていろいろでしょうが私の会社ですとS、A、AB、B、BC、C、そしてDまでの7段階評価です。各ランクごとに金額に対する評価係数が決まっているのですがそのへんはややこしいので書きません。

 

この評価でDなんていうのはかなり懲罰的に悪いことをした人にしかつきません。

結果的にCが通常一番成績最下位となります。

 

ある程度社員が多い会社であればどの会社でも同じでしょうが評価でもめるのは、ほぼ同一点の社員がいたとしてどちらをS(一番良い)にするかA(良い)にするかといったところしょうね。

 

私の会社でも全く同じです。各課長としたらよっぽどの理由がない限り自分の部下に良い点をつけてあげたい。

そこでいろいろ意見交換を行い調整します。最後は意見を基に部長が決めることになります。

 

私の会社の場合ですが長年こういった作業をやっていて最終的な優劣を決めるのは営業成績やセンスなどではなく単なる上司の好みになります。この場合は部長の好み。

普段部長と仲良く話をしている社員のほうが必然的にこういったときに好評価をとっていますね。生意気だけれど仕事ができるから高い評価をされるなんてことはこの場ではおきません。生意気な社員はこういった場面では明らかに損。

「あいつは利己的だから。下げよう」「かれは利他のひとだからあげてあげよう」

これは実際に今回の査定の中で聞いた言葉ですが、そもそも利他や利己の判断は何が基準になっているのでしょう。少なくとも会社での評価基準にはありません。

ですが利他や利己などの情緒的判断基準を持ち出されると反論ができ難い。特にこういうお金が絡むような評価の場面では最終的に強く働いてしまいます。

ただ・・ですね。企業活動における利己的行動っていうのは経費をネコババしたりする以外はすべて自分の所属している会社に対しての利他的行動になり、自分のライバル会社に対しての利己的行動になります。また逆に良いものを安くお客さんに買っていただく行為はお客さんに対しての利他的行為であり会社に対しての利己的行為になるのではないでしょうか?

 

そう考えると強い営業マンっていう存在自体が利己的なものであり、こういった情緒的判断基準の場ではその存在故に評価数値はかなりマイナスに働いてしまいます。

 

私も課長になって初めてわかりましたがある程度年期の入った会社は基本的に現状の組織を維持することに自然に向かいます。このため中に所属しているそれぞれの社員の長

にあたる課長や部長の行動や思考の判断基準はいかに自分のチームが安定して成績を残せるか、問題を起こさずに日々の業務を終えることができるかに集約されていきます。

 

稼いでくるがいろんな問題も一緒に持って帰ってくる社員は実のところとっても扱いずらいのです。

 

かつて営業の鬼や、伝説の営業マンと呼ばれていた方々でも管理職になったとたん、かつての勢いがなくなってしまうのはこういったことで判断基準が変わってしまうからです。かつての自分のような部下は怖くて持てないのです。

 

こうして自分が稼いだことで大きくなった会社であっても、大きくなったが故に稼いできた人が居づらくなってしまう現象が自然に起きているのですね。

 

私自身の評価は今回もきっとC評価(ほぼ最低評価)だろうなあ・・

 

ゆりやんレトリィバァって奈良の人

今日知ったんですがゆりやんレトリィバァさんって奈良県の人だったんですね。

 

しかも吉野町っていう田舎。かなりマイナーな場所。

 

一気に親近感わいたなー。

 

芸風も嫌味ないし応援します。

 

 

人間の器は大きくならない。

今日確信出来たことがあります。

 

人間の器は大人になってからは大きくならないということです。

 

人の器っていうのはだいたいなんでしょう。

数値化できるものではないですよね。

 

あえていうならば自分以外の周りの人が感じることだと思います。

だとするとそもそも自分で自分の器を図ることは難しい。第三者に自分との比較をしてもらうことも難しい。

 

僕が今まで感じてきた人間の器っていうのは人がいいとか優しいとかお金持ってるとかではなくて側にいるだけで感じてしまう一種の気の形です。

 

それは人ぞれぞれがある程度生まれもってきた形があると考えてます

 

先天的なものなのでそれはなかなか大きく出来ないと思います

 

ただし中身は変えることができると考えてます。

 

小さいなら小さいなりに中身を充実させればいいのです。

 

 

 

 

 

 

合気道の受けは掌の使い方にある

合気道には取り(投げる、抑える方)と受け(投げられたり抑えられたりする方)があります。

 

初めは取りをうまくなるように稽古しますが、受けを上達することで取りがわかってきます。

 

その受けの上達には掌の使い方と意識が不可欠です。

 

自分の掌から相手の中心に向かって気持ちの流れが続いていること。これが受けを取っている間。技が続いている間、継続すること。

 

この意識により受けのからだ使いが柔らかくなります。

 

逆に言いますとこの意識がなければ受けは硬くて技も固いものになります。

 

そうなると一緒に稽古する相手にも不快感が生じるものです。

 

 

 

 

難病の方への支援機器サービスについて

朝からマニアックな改造していました。

 

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電動車椅子にプレステ用のオプショングリップを無理やり取り付けたところです。

 

こういった情報が必要な人はごくごく一部だとは思いますがわかる方にはこんなやり方があるんだと思っていただけるはず。

 

こんなことをやりながら、筋ジストロフィーなどの難病の方への支援機器の物的なサービスはかなり少なすぎるなと感じました。

 

何より情報がない。あってもわかり難い。

保健所等で行なっている事業もありますがあまり身近に感じない。

 

そんなところで行動を起こしてみようと思います。

 

情報支援機器(パソコン等をスイッチなどで動かし入力や言語発音をする装置)の貸出サービスを立ち上げたい。一部手に入り難い他の商品にも広げたい。

 

費用はポルカ等の少額からの支援を使います。

 

集まった金額にもよりますが支援入力機器を数点購入していきます。

地域としてまずは奈良県の患者さんに広めたい。

 

うまくいくかどうかはこのブログで随時お知らせします。

 

 

合気道昇段審査でパワースポットを作る

所属している合気道道場の昇級昇段審査の1日。

 

僕は今回は試験を受けませんが「受け」をとるために参加です。

 

受けっていうのはようするに投げられ役です。

 

ちなみに投げる役を「取り」と言います。

 

普段一緒に稽古している方も受けられますから応援もします。

 

今回とても感じたことは緊張感のある場ではありますがものすごく良質な気の集まる場であるなということ。

 

 前向きな気持ちを持って審査にのぞむ人が多く集まるっていうことはこういう場を生みだすのですね。すごく勉強になります。

 

道場内が一時的なパワースポットになったのがわかります。

 

中にいるだけでげんきをもらう

 

そんなことがわかった1日です。

 

審査では通常の稽古ほどの運動量ではないのに、終わった後にとても疲れる。とはいってもいい意味での疲労感に包まれるのはこういった理由かと理解しました。

 

 

 

 

子供が意識高い系だと親はビンボーになる

僕の長女は意識高い系なんだろうと思う。

 

高校も実力以上のところに進学。

鬼気迫る様子で心身ともに追い詰めながら受験勉強して合格。もちろん入学後も必死。

今度は大学にめがけて必死に勉強している。

 

もちろん親としてはうれしいし、努力する姿は応援したくなる。留学やホームステイも視野にいれてるみたいだ。

 

ただし、いろいろチャレンジするにはお金がかかる。

 

ここ10年以上会社の業績がパッとせずほとんど年収が上がらない僕としてはこうしたチャレンジの話を聞くたびに背筋が凍りつく。

 

どうやってお金を工面しようかとシュミレーションの日々だ。

 

40前後で転職や起業できる人っていうのは独身か結婚していてもこどもがいない方だと痛感。

 

ただしぼくも若い頃非常に意識高い系だった。

ここでチャレンジできなかったら自分には何の価値もないのではないかと常に不安だった。

チャレンジすることで道が拓ける気がした。

 

なので娘の今の気持ちはよくわかる。

何とかビンボーにならないように稼がなくては。